Vol.41(豪雪地SPG/長野シリーズ後編)

2018.9

ブロックガードシステム協会の山岸由美です。

史上空前の猛暑に襲われ、スーパーサマーを乗り越えた皆様!大変お疲れ様でした。

今月は長野県の5mのスーパースノーに対応したSPG(スーパーパイルガード)の実績をご紹介致します。

 

8月の猛暑日・・・

涼しい!長野県山ノ内町のSPG現場に来ました。

ここは標高2000m以上、朝方なので気温は15℃!でも下界の今日の予想は40℃に迫る模様。

積雪深5m落石400kJに耐えるSPGは流石の迫力です。

地元の協会員さん、㈱チャレンジン西外さんと下山して、御発注頂いた土木事務所に御挨拶。

近くには人気スポット小布施があります。

西外さんが岩松院に寄ってくれました。葛飾北斎の「大風廟図」が素晴らしい。

小林一茶の「痩せ蛙負けるな一茶ここにあり」の句はここで詠まれました。

そして福島正則のお墓も有ります。あれ!福島正則は関ヶ原の戦いで勝った褒美に広島50万石の城主になったはずなのに?

午後から県のプレゼンの講師をします! 

翌日は大口さんとバトンタッチ、BG工法を2件御発注頂いている大町の事務所に御挨拶です。

道中、役所営業のポイントをご教授してくれた大口さん、でも意外に営業はささっと終了。「ここだけは観なくてはいけません」といってトロッコ電車で黒部ダムへ。

ダムを造った苦労話や冬に富山からここを通って長野方面を歩いて渡った武将のお話をお聞きしました。大口さんの案内で上杉謙信が敵に塩を送ったと言う「塩の道」を通って塩尻へ。塩尻は塩の道の終点と言う事で塩の尻、この辺りが関西関東の文化の分かれ目で、年越しの魚もお餅も変わるらしいです。お昼は諏訪へ食後は諏訪湖の足湯へ! アチィ~チィチィ・・

長野は気温も足湯もプレゼンの質問も、そして大口さんのご説明も“アツイ”です!

 (協会員㈱チャレンジン大口さん・西外さんは仮名です)


~今月の幸せ一杯~

鰻は諏訪に限ると仰る大口さんに下諏訪「うなぎ小林」に連れて行って頂きました。

暫く並んで、私は2700円のうな重、「重箱のすみをつっつく」様な事は嫌いだと大口さんは200円安いうな丼を注文。どうやら彼は箸使いが不得意らしい!

この地区は鰻も関西風が多いとの説明を聞きながら今年初めての鰻を頂く。ふっくらフワフワジューシーで香ばしい、とても上品で後味が良いです。

諏訪地区に実績をガンガン造ってまた食べたいとファイトが湧いてくるお味でーす!

「うなぎのぼり」なんて、ことわざがありますが、あやかりたいですぅ~。


まるで喜劇じゃないの・・ひとり曲りかど、
ひとつまちがえて、迷い道くねくね”

P.S. “居酒屋バカボンド”  (By 編集長)

まったく新幹線が出来て便利になりやがった!夕方まで仕事をしても長野から東京まで一時間ちょっと、だいたい出張族のお楽しみを何だと思ってやがる。

でも、先月の松本みたいに電車の発車寸前まで居酒屋で呑んだくれると後が大変だ。最近は深酒に“生命の危機”を感じる。昔の様に階段で転がっても<10.0の着地>とかはもう絶対無理!

今夜はビールでも買い込んで車内で・・なんて考えて駅ビル内を散策していると・・あるじゃなぁ~い!お酒コーナーのお隣りに洒落たカウンター「信州くらうど」。

昔はどこの街の酒屋にもあった角打ちだ。良く行ったよな。不思議に酔って来ると、缶詰切ってくれるオバちゃんが、だんだん綺麗に見えてきやがる・・・カウンターで信州の銘酒(大雪渓、寒竹、神渡)を堪能!

十分頂いた処で、お隣りでお気に入りの“水尾”のワンカップ(230円X4個)をお土産に購入。辛口水尾は雪深い飯山の水と米の旨みを辛みで生かした、まるでスイカに塩をかけて、尚甘く感じさせる様な奥深い旨さである。

あぁ~っ・・しまった!

悪魔 「今日は遅くまで頑張ったな!車中で大好きなお土産の水尾飲んでけよ!冷えてるぜ~」

天使 「先月も松本で呑み過ぎて大変だったじゃない、今までも何度も失敗して・・・もう若くないのよ」

あぁぁ~ 天使か悪魔か、迷い道くねくねぇ~!

 ころばぬ先の杖 「さきいか」も買っておくか。


<この街、その時>~硫黄島に散る 栗林中将~

「国の為 重き勤めを 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき」

松代町明得寺

日本本土への爆撃を阻止する為、最後の一平卒となるまで硫黄島を死守し、この辞世の句を大本営に打電後、米軍野営地を奇襲し散った指揮官がこの街(長野市松代町)に居た。栗林忠道陸軍中将(戦死の数日前、最年少で大将に昇格)である。

1944年7月、サイパン島が玉砕。米軍は11月にはサイパンから東京への空爆を開始するが、距離が2,500kmあり、航続距離5,300kmのB29では往復で燃料を消費し爆撃成果を上げられないため中間点にある硫黄島を攻撃目標とした。硫黄島を本土防衛の最前線と考える大本営は2万強の総指揮官として栗林中将を硫黄島に送った。

1945年2月、米軍は上陸に6万、後方に10万の兵力で硫黄島攻撃を開始する。米軍の「5日で落ちる」の予想に対し、栗林は大本営の作戦指示に逆らい、1日でも長く島を守り本土空爆を阻止し本土決戦を遅らせるために、武器も補給も途絶える中、地下に潜伏し徹底したゲリラ戦を繰り返し、約1か月半戦い続けた。

そしてその時1945年3月25日、栗林は「国の為に国防戦を守る重責を果たせず、武器弾薬も尽き、散って逝くのは無念」の意味の上句を打電し、白タスキで残った兵力4百人と共に壮絶な最後の総攻撃で玉砕する。

 一昨年“真田丸”で沸いた城下町長野市松代町。栗林家は真田家の家臣であったと伝えられる。

米国との講和を主張し続けた栗林が生まれたこの街は、皮肉にも本土決戦に備え、皇居・大本営移転の建設が進んだ。

太平洋戦争後半、日本が敗戦を続ける中で唯一、米軍の損害が日本軍を上回り、あまりの被害に米軍に“勝者なき戦い”と呼ばれた激戦“硫黄島の戦い”と、真田信繁(幸村)が出城真田丸で徳川軍の攻撃を食い止め、最後は家康本陣を奇襲して散った大阪の陣(冬・夏)が何故か重なる。共に大義の為、勝算の無い戦いに命を懸けた両者に共感を覚えるのである。

最後に栗林が硫黄島から家族に送った多くの手紙の中から長男に宛てた手紙の一節と米軍スミス中将の言葉を紹介します。

「男には意志の強固が何よりも大切である、

意志の弱い男は何が出来ても役に立たない」

「この戦闘は168年の間に海兵隊が出会った最も苦しい戦闘の一つであり・・太平洋で戦った敵指揮官のなかで、栗林中将は最も勇敢であった」         

(内容には諸説有)


B 今年の夏は暑かったね~

H もうビールの飲み過ぎで体力も限界、直射日光で目もショボショボだ!

まぶしくてサングラスを買おうと思ったけど、物騒な世の中になっちまったよ、CM見て怖くて止めたわ。

S どんなCM?

H どつき!サングラス 

B・G・S こわぁ~!!

S 長野のブレゼンも熱かったわよ!

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<8月猛暑日、長野県プレゼン> 積雪地用ブロックガード

S ~と言う事で説明を終わります、ご質問のある方?

Q1、ハイ!積雪時にやんわりはらんで、融雪時にやんわり戻ると言うシステムですが実際に機能していますか?

S 各地の実績調査により確認しています。特に同路線で他の同様工法がかなり傷んでいる豪雪地でも効果を発揮しています。

Q2.ハイ!Rサポートにより上弦材の曲り事故防止に対応しているとの事ですが良くわかり難いのですが?

S BGS協会では上弦材の曲り事故の原因を素材として伸びるロープ網と曲がりに限界のある鋼材の併用に要因があると考えてRサポートシステムを使用しています・・・・(詳しくはワンポイント構造技術にて)

Q3、ハイ!標高2000m以上で積雪深5mの場所でBG工法を設置したとの説明ですが、その様な場所は雪解けに時間がかかり防護柵にかなり長い間雪圧がかかりますがどの様に考えていますか?

S 今までの高エネ柵は曲げ実験の数値を落石と同様に雪圧計算に使用していますが、当協会ではそこを問題視して雪圧には荷重の継続性を考慮した長期荷重(1.5)で設計しています。

Q4、ハイ!・・Q5、ハイ!・・Q6・・・・・・・・

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B 由美さんお疲れ様!厳しい質問だったね。

S 外は40℃近いのに室内は温度規制で背中は汗びっしょ! 

G でもホント、山ノ内のSPGは凄いね!落石400kJで積雪深5m!冬季閉鎖の国道でしょ。

S 概略設計では他の高エネ柵だったんだけど、そんな場所で落石の支柱の曲げ吸収が40°の緩衝設計と、雪圧も短期設計なのが問題になって、SPGで検討したら問題解決(曲げ吸収15°積雪長期)で価格も安くなったのよ。

G 安心だよね!BG工法は雪害事故もほとんどないし。

B 40°はヤバイだろ~ やっぱり15°位が適温だ!

H いやぁいやぁ15℃は寒いだろ、でも金足農業の校歌は背筋の反りが最大27° 

それに40°なんて鼻タレ小僧、沖縄の与那国島へ行ってみろ!泡盛でどなん60°の花酒てヤツがあるよ。

若気の至りで飲み過ぎて、失敗しちまってさぁ!

S 何をやったのよ?

H いやぁ~ ちょっとここでは、ひそひそ・・・・

S なになに・・・家康が食い逃げした時、だあっ・・えっ! ひぇ~ ひっひくわ・・・・

G それにしても、山ノ内の標高2000m以上は涼しかったね!

 S そうなのよ!真夏でも寒いぐらい。でも同行して頂いた協会員の西外さんが地元だって!積雪5mでどんな暮らしをしてるのかしらね?

H 人生いろいろ、工法もいろいろ、佐々成政は“さらさ越え”で今の黒部ダムのある厳冬の北アルプスを秀吉から逃れる為に渡ったんだ!石原裕ちゃんがトンネル掘る以前に偉大な先人が居たって訳さ。

B ところで、何故、与那国島行ったんだよ。

H あぁ~何十年前かな・・・この世をはかなんで、一人で南へ西へ石垣島から船で最西端の与那国へ。何時間かかったか、島が見えてやっと着くかと思ったら突然カジキ漁を始めだしやがった!島に着いて、一歩あるくとバッタが数百匹、二歩あるくとバッタが数千匹飛び出してきてバタバタ・・・・

G 何を言ってるんだよ。

H だからさ~いろいろな工法はあるけど「バッタもんはダメダメ!」てきなオチで

今月は、何とかその~・・・

B・G・S ・・・・・

S ねえー編集長、もっと「自然なオチ」ないの?大好きな、フルーツドロップでもなめて落ち着いて考えて下さい。

H 今の旬は、山根さんの「カンロ飴」だが、<男 酒田(さけだ)虎男>は昔から「ドロップ飴」だ! 

 VS

あぁ~お口の中で自然に溶けて落ちるぅ・・・あっ!オチた。

B・G・S ハァ~??

H “ナチュラルドロップ”・・・ジャンジャン!!

 

S し・ぜ・ん・な・お・ち 。。。そのままか~い!

 

 

 

 

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